※この記事は、「Sheetmetal メールマガジン」No.16(2015年12月26日配信)からの転載になります。
今年も残すところ5日となりました。
多くの読者の声に励まされて1年間、仕事を続けてこられたこと、改めて感謝申し上げます。
マシニスト出版も1975年12月、名古屋市熱田区横田町(現在は中田町)の機械商社のビルの一室をお借りしての創業以来、40年が経過しました。
愛知県内には当時、大隈鐵工所(現・オークマ)、豊田工機(現・ジェイテクト)、豊和産業(現・オークマ)、山崎鉄工所(現・ヤマザキマザック)、富士機械製造、ワシノ機械(現・アマダマシンツール)、菅鉄工所という主要7社の工作機械メーカーのほかに、多くの工作機械関連企業がありました。
現在は三菱東京UFJ銀行となっていますが、当時の東海銀行が主要7社のメインバンクとなっていた関係で、業界が不況に陥った後は、東海銀行が主導するかたちで企業の統廃合が進み、今では5社が残るだけとなりました。
2004年にはDMG森精機が名古屋に本社を移転、名実ともに名古屋は世界の工作機械産業の中心地となり、業界地図は大きく変わりました。
創業地の熱田区横田町は熱田神宮にも程近く、機械工具や中古機械を販売する機械商社が路沿いに並ぶ、機械屋の町でした。
そんな場所で、工作機械技術を紹介する出版社を創業したわけですが、1年もしないうちに拠点を東京に移転することになりました。
やはり出版事業、とりわけ工作機械などの理工学図書を発行する出版社は、大学や公設の研究機関、様々な関連工業会が集積する東京で活動しないと情報が集まらないことが分かったからです。
それから40年、創業当初は工作機械技術の専門雑誌の発行が中核事業でしたが、今では板金加工業界の専門誌発行がメイン事業となりました。
東京へ拠点を移して7年ほど経過した頃から、産業界ではレーザ加工技術が話題を集めるようになり、国は大型プロジェクトとして「レーザー応用複合生産システム技術研究組合」を発足。
国内の大学、公設研究機関、関連する民間企業の英知を集め、レーザ技術を産業用として応用する技術開発を進めました。
技術研究組合に出入りするうちに、すっかりレーザ加工の魅力に見せられ、そこから非接触で、チップレス加工のできるレーザ加工が将来にわたって産業界で利用されるに違いないと考え、レーザメーカー、レーザジョブショップの皆さんに協力していただいて「レーザフォーラム」というセミナーを開催するなど、レーザ技術の普及促進に努めるようになりました。
それがきっかけとなって工作機械技術誌は、板金加工の専門誌に生まれ変わっていきました。
たかだか40年ですが、その間に、日本経済や産業界は大きく変化。
その渦中に飲み込まれ、淘汰された企業もたくさん出るようになりました。
それぞれの時代でお世話になった企業、そこで働く技術者、経営者の方々の中にも、今では消息が分からなくなった方が多くいらっしゃいます。
また、取材先や飲み屋で激論を交わした方々の中には、すでに鬼籍に入られた方々も多くなってきました。
ギリシャの哲学者、ヘラクレイトスは「万物は流転する」と言い残しましたが、最近はこの言葉をしみじみと感じることが多くなりました。
ただ、そうした日々の変化の中で自らの立ち位置を守り、自らが信じる理念、目標を持って仕事を続けることの大切さも良くわかってきました。
仏教用語辞典によると、経営の経は「お経」や「真理」という意味を表す、といいます。
経営の営は「営む」や「一生」という意味を表します。
その2文字ででき上がった「経営」という言葉は、「真理を一生かけて求める」という意味とともに、「理念を持ち続ける」という意味にも取れることが理解できるようになりました。
2016年が我々にとってどのような年になるのかは予測できませんが、少なくとも自らが求める真理、信じる理念を持ち続けて仕事を持続させていきたいと思います。
来年も宜しくお願いします。