赤いレンガの重厚な建物の中に入り、スイッチを「ON」にするとモーターが作動、メインシャフトからベルトを伝い、100年以上経過した15尺旋盤やプレーナー、ボール盤が一斉に動き出す。
油染みで年季が入った木製レンガの床、1909年に設置された天井走行クレーンなど、建物全体からプーンとした油の匂いが漂って、時代が遡っていく。
そんな懐かしい機械工場を見学する機会に恵まれた。
熊本大学工学部研究資料館(国指定重要文化財:旧機械実験工場)。
この赤レンガ造りの建物は、明治41年(1908年)に建造された旧熊本高等工業学校の機械実験工場で、当時、学生たちの実習や学内外で使用する機械・実験装置の製作のために利用されていた。
学生たちはこの工場で汗と油にまみれながら工作機械の操作を学び、モノづくりの体験を通して面白さや厳しさを学びながら、日本の経済発展を支える技術者に育っていった。
大戦中も戦災による被害を免れた工場は残り、戦後は熊本大学工学部の中央工場として多くの学生がここで機械実習を学んだ。
昭和45年(1970年)に工学部に新たな実習工場が完成したことを契機に閉鎖。
当時は数値制御工作機械が華々しくデビューした頃で、ベルト掛けで駆動する工作機械は珍しい存在になっていた。そんな中で、現在は熊本大学の名誉教授になっておられる安井平司先生をはじめとした教官や技官の方々が、使われなくなった機械実験工場を赤レンガの建物・設備機械ともども、後世に残していこうと立ち上がった。
そして昭和52年(1977年)、工学部設立80周年事業の一環として、研究資料館として開館にこぎつけた。
どうせ残すのなら、黒ペンキを塗ったモニュメントとして保存するだけではなく、シャフトを駆動すればベルトでつながった11基の工作機械が稼動する、動態保存を目指そうと、全ての工作機械を稼動できる状態に復元した。
壊れた部品を修復、入手困難な部品は手作りで調達し、組み立てた。
こうした努力が評価され、平成6年(1994年)、工学研究資料館の建物および11基の工作機械は国の重要文化財に指定された。
平成19年(2007年)には一般社団法人日本機械学会の機械遺産にも指定された。
国内に点在していた歴史的な工作機械を収集して、修復・展示する工業技術博物館は工業大学や博物館、明治村などにもあるが、戦前から続く大学で、当時の建物と機械が動く状態で“動態保存”されている機械工場は他に例がなく、貴重な資料館となっている。
館内で平井名誉教授にもお目にかかったが、復元し、動態保存するまでの苦労は並大抵ではなかったという。
その一方で平井先生は「日本の工学系大学には最新の工作機械を設備した機械工場が何処もなくなっています。学ぶ学生の数が減っていることもあるのだろうが、これからの日本のモノづくりを背負っていく人材が、最新の工作機械に手を触れることもなく巣立っていくのは、将来の日本のモノづくりにも大きく影響します。大学に最新工作機械を導入して学生に実習させるようにしないと将来が心配です」と語っておられた。
久しぶりに油くさく、しかも木製レンガの床を歩き、ベルト掛けで駆動する工作機械を目の前にして、懐かしさを感じるとともに、温故知新 ― 古きをたずねて新しきを知ることの大切さを感じました。
熊本大学工学部研究資料館(国指定重要文化財、旧機械実験工場)
資料館の中には15尺旋盤(1906年購入)、プレーナー(1906年購入)など、100年以上経過した工作機械がすべて動態保存されている