Interview

“温故知新”の心が大切

世界のものづくりに貢献する工作機械

日本工業大学 工業技術博物館 館長/上智大学 名誉教授 清水 伸二 氏

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画像:“温故知新”の心が大切清水伸二氏

埼玉県南埼玉郡宮代町にある日本工業大学のキャンパス内に1987年、学園創立80周年記念事業のひとつとして開設された「工業技術博物館」。同館は、約300台の歴史的に価値のある工作機械を中心に、蒸気機関車や、国家プロジェクトで開発された発電用高効率ガスタービンなど、多数の貴重な工業製品を所蔵している日本でも有数の工業系の博物館である。

所蔵する工作機械は、その約70%がいつでも稼働できる状態で動態保存されている。また、大正初期から昭和後期まで東京・三田にあった町工場が復元され、木材張りの床にベルトと段車で駆動する米国製工作機械が並び、いつでも稼働させることができる。

国鉄で長年活躍した1891年英国製のSLも動態保存され、キャンパス内の軌道上で定期的に運行されている。今年の12月には、箱根登山鉄道で長年活躍し、7月に引退した鉄道車両「モハ1形103号」が展示公開され、鉄道ファンにも楽しみな博物館となっている。

これらの展示物の多くは歴史的に貴重とされ、収蔵機器の178点が国の登録有形文化財に指定され、国産工作機械62台と日野式飛行機が近代化産業遺産に指定されている。

この博物館の3代目館長に、上智大学・清水伸二名誉教授が4月1日付で就任した。清水館長は1973年に上智大学理工学部修士課程を卒業後、工作機械メーカーである大隈鐵工所(現在のオークマ㈱)に入社、5年間を過ごしたのち上智大学に戻り、一貫して工作機械関連の実務・教育・研究に携わってきた。

清水館長に“温故知新”の観点から、工作機械技術を中心に、日本の製造業の課題や人材育成について話を聞いた。

約70%の展示機が動態保存

― インタビュー前に博物館を見学させていただきました。懐かしい展示物ばかりで時の経つのを忘れてしまいます。

清水伸二館長(以下、姓のみ) 約300台の工作機械を機種別・製造年代順に展示して一般に公開している施設は、日本ではここが唯一です。しかも展示物の約70%が動態保存され、電源を入れれば動く状態になっています。犬山・明治村や鹿児島・集成館などにも古い工作機械が展示されていますが、動態保存ではありません。

この博物館には、明治から昭和初期にかけてベルトによって伝導される集合運転方式で使われた段車式普通旋盤や、手回し式のはずみ車を使った旋盤など、歴史的に価値ある展示物がたくさんあります。先人たちが欧米の工作機械から学び、コピーすることから始め、徐々に自前で研究・開発して国産工作機械を実用化していった日本の工作機械技術の発展過程とともに、日本のものづくりを先導してきた工作機械産業の歴史を学ぶことができます。若い人たちの教育にとっても貴重な施設だと思います。

工作機械技術の発展過程を学び、そこから新しい原理・原則や知識を得るためにも、この博物館をぜひ利用していただきたいと思います。

画像:“温故知新”の心が大切左:東京・三田にあった町工場を復元。1台の電動機(5馬力)から平ベルトで上部のシャフトに回転が伝えられ、そこから旋盤・ボール盤・形削り盤・小型横フライス盤などが駆動する/右:1台の電動機から平ベルトを通して3台のプレス機が駆動する

“温故知新”を大切にする環境づくりが必要

― 2014年以降、右肩上がりだった工作機械受注額も、2019年は前年比で30%以上も落ち込みました。

清水 30%以上落ち込んだといっても、受注額は1兆円以上ありますから、オイルショックやリーマンショックの時のようなことにはならないと思います。米中貿易摩擦の問題が根底にあるのでなかなか難しい面もありますが、やるべきことをしっかりやりながら回復を待つのが良いと思います。

― EVシフトが加速していくと、長期的には工作機械業界にとってきびしい環境になっていくと思います。

清水 これまでは自動車のエンジンまわりを加工する工作機械が大きなウエイトを占めてきたので、EVシフトによる影響はあると思います。今年9月にドイツで開催された「EMO Hannover 2019」(欧州国際工作機械見本市)を視察しましたが、欧州メーカーもEVシフトを意識して、これまでより小さな部品を加工する機械など、新しいニーズに対応する商品の開発に力を入れ始めていました。ニーズオリエンテッドに開発を進めていけば、新しい市場は生まれてくると思います。ですから、それほど心配はしていません。

それよりも、世界のものづくりに貢献し続けるために、工作機械には何が必要なのか、考えなければいけません。日本の工作機械産業は、技術力では欧州と並び世界のトップを走っています。しかし、世界の製造業をリードしていくためには、いろいろな角度から工作機械産業の過去を検証することが必要です。そのためには、どんなニーズによって、こんな工作機械が開発された ― というように過去を振り返ることが必要だと思います。

だからといって、いきなり100年前を振り返るのは困難です。そこで11月に、「平成30年間の工作機械技術を振り返る」といった主旨で特別講演会を開催しました。まずは、“ちょっと前”までさかのぼって工作機械技術を振り返ることにより、それ以前の工作機械技術史のまとめ方や、この先にやらなければならない技術課題や研究テーマが生まれてくると思います。

その意味で、産業界の方々もまじえ、“温故知新”(故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る)を大切にする環境づくりが必要と思います。

  • 画像:“温故知新”の心が大切㈱天田製作所製の帯のこ盤(1958年製)
  • 画像:“温故知新”の心が大切手回し動力装置で動かす旋盤(復元モデル)

全文掲載PDFはこちら全文掲載PDFはこちら

プロフィール

清水 伸二(しみず・しんじ)
1973年、上智大学大学院理工学研究科機械工学専攻の修士課程を修了。工作機械メーカーの㈱大隈鐵工所(現:オークマ㈱)に入社。5年間を過ごしたのち上智大学に戻り、1981年に同大学大学院博士課程を修了後、同大学理工学部で助手、講師、助教授、教授を歴任。2014年3月に定年退職し、同大学名誉教授となる。2019年4月、日本工業大学「工業技術博物館」館長に就任した。

つづきは本誌2019年12月号でご購読下さい。

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