「三方良し」の経営哲学でものづくり力の再生を
日本のものづくり力の低下を指摘する声は以前からありましたが、お客さまを取材していると、その声が前にも増して大きくなっていると感じます。特に発注元である大手企業の設計力・生産技術力の低下を指摘する声が多くなっているようです。
思い出せるだけでも「経験値が不足していて、必要な品質を見極められず、過剰品質を招いている」「自動化が進み、どんな機械でどんな加工をしているのか、現場を知らず、ノウハウは忘れ去られ、チャレンジ精神もおぼつかない」「設計が変わらなければ工法転換がはかどらない。設計変更をしないとこれ以上のコストダウンは難しい」「大手の設計部門は基本設計をするだけで、詳細設計や部品設計は派遣社員や外部の設計会社に丸投げ。丸投げされた設計者は現場を知らないので、とんでもない設計をするが、大手にはそのまちがいを指摘できる設計者もいない」といった指摘がありました。これらは氷山の一角で、大手企業の設計力の低下はますます深刻になっています。
大学卒業後、大手企業の研究開発部門で勤務した経験を持つ経営者は「責任を取りたくない上司ばかりで、流用設計が多い。大きな失敗はしないが、新しいことに挑戦もしない。若い技術者が成長するためには失敗の経験も不可欠だと思うが、その機会すら与えられなかった」と当時を振り返っていました。
ほかにも「大学でもハードをやろうという学生が減って、ソフト偏重の傾向があった。学科の名称も以前は精密機械工学科だったが、いつのまにかシステム工学科に変わった。今風の名称ではあるのだろうが、実体験が乏しく、物足りなさを感じた。加工実習で現役の工作機械には触ったが、それだけで、研究室ではもっぱらパソコンでシミュレーション実験をしていた。機械・材料の知識は本から得たものだけ。機械の動きや材料の手触りを体験することはできなかった」。
「実体験が欠けたまま会社に入ってわかったことは、そのように『実際に機械を動かしてモノをつくったことがない設計者』が思いのほか多いこと。その後、立場が変わって、そうした設計者が描いた図面をもとに加工に取りかかろうとするといろいろな問題が出てくる。実際にものづくりをする現場に入って、そのことが初めてわかった」などと語っていました。
むろん、少子高齢化による人材不足、高度な技術をもった技術者の高齢化により、技術伝承が難しくなっているケースも見られます。
コロナ禍に加え、ウクライナ危機によるエネルギーコストや原材料価格の高騰によるインフレと円安が深刻になり、ものづくりを取り巻く環境は著しく悪化しています。さまざまな要因が渦巻く中で、ものづくり力を再生するためにはどうすれば良いのでしょうか。
多くの経営者が指摘しているのが「設計者の再教育」です。特に「最新の加工技術を学び、工法転換によるプロセス改革を設計上流から実現しないと抜本的な改革にならない」と強調し、「生産財メーカーは最新鋭の加工機や加工技術をサプライヤーにPRするだけではなく、その上流にあたる大手企業の設計者や生産技術者に周知する必要がある」との指摘もあります。
「大幅なコストダウンを実現するためには、設計を変え、工法を転換し、材料を変更するのが手っ取り早い。そのためには設計者の発想を変えてもらわなければならない。生産財メーカーには、市場を拡大するためにも設計者へのアプローチを積極的に進めてもらいたい」という指摘もありました。
売り手良し、買い手良し、世間良しの「三方良し」を目指すことで、ものづくり力の再生につながることを願います。