「お客さまファースト」 ― そのための努力は惜しまない
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株式会社 深川通信工業
板金加工を天職と考え、会社を設立
㈱深川通信工業を創業した深川壽(ひさし)会長は、今年御年80歳。それでも毎日、夫人の深川シゲ子経理部長と出社し、工場で仕事をすることを日課としている。山口県山口市で生まれ、学校卒業後は地方公務員として勤務するが、「ぬるま湯のような職場」に危機感を抱き、同級生が勤務する東京都大田区内の板金工場に転職。そこで、板金加工の基礎を学んだ。
30歳になった1968年、板金加工を天職と考え、大田区西蒲田の自宅1階を作業場に改造、ボール盤やタッピングマシンなどを導入し、夫人と2人で深川製作所を創業。以前の勤務先からブラケット関係の仕事をまわしてもらって独立した。
1978年に㈲深川通信工業として法人化。パンチングマシンPEGA-357の「2号機目か、3号機目を導入した」と深川経理部長。PEGAを導入したことが広まると、いろいろな仕事の引合いが来るようになって、事業はさらに拡大した。
ところが今度は周辺住民から騒音・振動で苦情が出るようになり、1982年に大田区の斡旋で、東京湾・京浜島に60坪の土地を購入して工場を建設、移転した。気兼ねなく仕事ができる環境になり、材料の自動搬出入装置(マニプレーター)を装備し、24時間稼働に対応できる自動化ラインにシステムアップした。
千葉工場の開設
しかし、すぐに工場は手狭になった。そこで、1987年に千葉工場を竣工、単発プレスやベンディングマシンを移設し、量産加工、組立作業まで対応した。
1990年には24時間稼働するブランク工程に曲げ工程が追いつかないため、ベンディングロボットBM-100を導入、ブランク工程から曲げ工程までを自動化した。しかし、BM-100のプログラムはパターンソフトのため、多品種少量生産には向かなかった。そのため、ロット200個以上のリピート品の加工時にロボットを活用し、そうした仕事がないときは作業者がベンディングマシンで対応した。
今年41歳になった深川純一社長は「当時大学生だった私は、ベンディングロボットにブランク材を供給するアルバイトをよくしたものです」と、当時を振り返る。
会社情報
- 会社名
- 株式会社 深川通信工業
- 代表取締役
- 深川 純一
- 住所
- 東京都大田区京浜島2-7-13
- 電話
- 03-3790-1929
- 設立
- 1978年(1968年創業)
- 従業員数
- 15名
- 主要事業
- 大型複写機、サーボアンプ、医療機器、アミューズメント機器、印刷機械、金融機器などの精密板金製品
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