コロナ禍だからこそ大切な“出会い”
『Sheetmetal ましん&そふと』編集主幹 石川 紀夫
牛に引かれて善光寺参り
今年の干支は「丑(うし)」。子(ね)から始まる干支の2番目にあたるため、「子年に蒔いた種が芽を出して成長する時期」とされ、先を急がず目の前のことを着実に進めることが将来の成功につながっていくといわれています。
私にとって丑は、「牛に引かれて善光寺参り」 ― ほかのことに誘われ、知らないうちに良い方へ導かれるというたとえ話が思い起こされ、いろいろな方とお会いする私自身の仕事に通じるものがあると感じています。
最近は新型コロナウイルスの感染拡大により、人との接触機会を減らすためにオンラインでの取材が増え、直接取材をする機会は減っています。しかし、ものづくりの“現場”を伝えるためには“現場”の取材が欠かせないので、感染防止対策を徹底したうえで直接おうかがいする場面もあります。
そのような中で、直近に取材した方が単なる取材対象というだけではなく、一人の人間として尊敬できる人物でした。取材がきっかけで私自身の職業観が大きく揺さぶられるという、思わぬ経験をすることができました。
出版社創業を決断させた出会い
私が雑誌の編集者として出版の仕事に飛び込んだのも、そんな素敵な方々との出会いがあったからです。
新聞社で入社2年目の駆け出し記者だった私は、ある大手工作機械メーカーの社長にインタビューすることになりました。東京大学工学部精密工学科卒のバリバリの経営者で、「ドクター」とも呼ばれている業界人でした。業界団体の会長も務められていた聡明な頭脳の持ち主で、どんなことを聞いたら良いものか ― 先輩記者から教わったにわか知識を頼みに取材を始めました。
浅学のため専門的な内容まで立ち入ることはできませんでしたが、好奇心だけは人一倍旺盛だったので、当時業界で話題になっていた「無人化工場」についてお尋ねすると、柔和な顔で本当に楽しそうに話をしてくださり、その姿勢に感じ入ってしまいました。そして「若いうちなら恥をかいても良い。門前の小僧で良いから勉強しなさい」とアドバイスまでしていただき、感激しました。新聞記者になりたい一心で門外漢の業界新聞社に入社した新米記者に対しても、率直で偉ぶることなく真摯な対応をしていただき、以来、すっかり機械業界が好きになりました。
その後も取材でお会いする中で、「新聞は速報性が求められる。ものづくりのことを深堀りするなら技術雑誌がおもしろい」というアドバイスもいただきました。それがきっかけで、廃刊寸前だった月刊技術誌の版権を譲り受け、新聞社の同僚たちとマシニスト出版を起業しました。その社長に出会い、その方の工作機械に対する情熱に感動しなければ、今の私は存在しなかったと思います。
取材を通して人の魅力、ものづくりの楽しさを教えていただくことで、雑誌編集者としての第一歩を踏み出しました。
つづきは本誌2021年2月号でご購読下さい。