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新たな「芽吹きと繁栄」の始まり ― 「庚子」

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2020年の干支は「庚子(かのえね)」。干支は10種類の十干(じっかん)と、12種類の十二支の組み合わせで60種類が存在し、60年で一巡します。「庚子」は37番目の干支で、意味は「新たな芽吹きと繁栄の始まり」―新しいことを始めるとうまくいく、大吉になる年といわれています。そのため、新規事業や開店、新築、結婚など、これから新しく何かを始めようと考えている人にとって、2020年は大きなチャンスの年になるといわれます。

もともと干支は、十干×十二支―太陽の運行や、動物の誕生から終焉までを10等分して表現した「十干」と、月の満ち欠けや作物の芽吹きから収穫までを12等分して表現した「十二支」を組み合わせることで、世の中の循環、大いなる意思がつかさどる天地の理(ことわり)を探ろうとする、東洋思想によって考えられたものといわれています。東洋思想では、時間は未来から過去へと流れていきます。すなわち「天意」によって未来はすでに定められ、それが今を生きるわれわれのもとに降りかかってくると考えます。

「天意」によって定められた未来を変えることはできない、しかし、そこから降りかかってくる事象を前もって知ることができれば、それに備えることはできる―だからこそ、太陽の運行や動物の誕生から終焉まで表現した「十干」と、月の満ち欠けや作物の収穫までを表現した「十二支」を「天意」と受け入れ、未来に備えようとしたと考えられています。

日本人のDNAには「天意」を受け入れる土壌があるように思います。私も「厄年」の42歳の時にお祓いを受けました。これもわが身に降りかかる事象―災いから少しでも逃れたいという思いがあったからです。例年、初詣では必ずお祓いを受け、無病息災と商売繁盛を祈願します。それが毎年の恒例となり、止めることに躊躇します。

未来があるのなら少しでも災いを避けたいと思うのが常だと思います。しかし、一方で「天意」によってすでに未来の定めがあるとすれば、それを変えることはできないのか、とも思います。特に毎年のように大規模な自然災害が発生し、首都直下型地震が今後30年以内に70%の確率で起きるといった予測が出ていると、それがたとえ「天意」であったとしても、救われたい思いがあります。

日本では国を挙げて災害に強い「安全・安心」な国土をつくる取り組みが進められています。これは科学的な裏づけをともなう活動ですが、そうした活動そのものは「天意」にあらがうのではなく、少しでもその災いを遠のけたいという、今を生きる人々の祈りから考えられてきたものです。

西洋の合理主義では過去・現在・未来へと時間が続きます。未来をつくるのは自分自身という考え方が強く、日本人の発想は理解されないと思います。お祓いや初詣などの行事も一笑に付されるかもしれません。

しかし、西洋の人々にとっても未来にあらがうことができないことが理解されてきているのではないかと思います。憎しみを生む宗教対立が政治の世界にも入り込み、日々繰り返される民族対立や地域紛争を見ていると、それが「天意」とすれば、その災いを避ける努力を続ける必要があると思います。

新たな芽吹きと繁栄の始まりとされる「庚子」。変化が生まれる状態、新たな生命がきざし始める状態なので、まったく新しいことにチャレンジするのに適しています。未来がすでに定まっているとしても、新しいことにチャレンジする気持ちは持ち続けたいと思います。

読者のみなさんは、2020年にどんなことにチャレンジされるのでしょうか。真剣に考える1年にしなければならないと強く感じています。

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