視点

都心近郊の里山の移ろい

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食欲の秋、芸術の秋と昔から言われますが、今回は「芸術」に焦点を当ててみます。

自宅からほど近いところにある和光大学表現学部芸術学科の学生たちが開催しているアート・プロジェクト「サトヤマアートサンポ2019」を見学してきました。これまでも自宅に近い里山で開催されていましたが、今年から大学に隣接する岡上地域(川崎市麻生区)に会場を移し、地域の数カ所をフィールドとして、主に学生作品を展示していました。

岡上地区は昔から川崎市内で唯一リンゴ栽培農家が残る農業地帯で、以前からリンゴが赤く色づく季節には、散歩がてらよく足を伸ばしました。しかし、昨今はリンゴを栽培する農家の数も減り、耕作地が次々と造成されて宅地や霊園の開発が進み、里山の風景が次第に少なくなってきて、足を伸ばす機会も少なくなっていました。そんな場所で学生主体のアート展が開催されることを知り、久しぶりに訪れてみました。

開発が進んではいるものの、それでもこの時期は農道の両側にコスモスが咲き、穂をつけたススキが風になびいて秋を感じられ、散策人の姿もちらほら見ることができました。そんな場所で学生たちが制作したさまざまなオブジェや彫刻、絵画が野外展示され、里山の風景に色を添えていました。

岡上地区の丘陵地帯から尾根道を歩くと、そのまま玉川大学のキャンパスに入り、大学構内を抜けて小田急・玉川学園前駅まで足を伸ばすことができます。玉川大学には農学部もあって、以前は乳牛を飼育し、搾りたての牛乳から農学部が製造した濃厚なアイスクリームを学内の購買部で販売しており、これが美味しくて人気商品だった記憶がありました。しかし、十数年ぶりに散策してみると、乳牛を飼育していた牛舎は荒れ果て、乳牛は無論、その他の家畜の姿を見ることもありませんでした。

近くにいた農学部の学生さんに尋ねると、何年か前に最後の乳牛が亡くなってからは、乳牛を含む家畜の飼育はほとんど途絶えてしまったようです。その代わりブームになっているのでしょうか、養蜂を講座に取り入れ、今は季節ごとにさまざまな花の蜜を収穫、それを加工した蜂蜜を購買部で販売していました。そしてハニーアイスクリームが名物になって人気を博しています。

日本では乳牛をはじめとした畜産農家が減少傾向で、畜産を学ぶ学生の数も減っているようですが、逆に養蜂は盛んで、養蜂を学ぶ農学部の学生が少し増えているようでした。また、購買部の店頭を見て驚いたのは、農学部が民間企業との産学連携事業として進めてきた「LED農園®産」リーフレタスを販売していることでした。聞くと、大学の購買部以外では小田急系列のスーパーでも販売されているとのことでした。

十数年の間に、里山の風景だけではなく、隣接した大学キャンパスも大きく変貌していました。以前は都会の喧騒に疲れた方々が、都心に近く、里山の風景が残るこのあたりの自然を満喫するために、尾根道に沿って別荘風の家を建て、暮らしていました。しかし、この十数年ですっかり空き家が増えているのに驚きました。アップダウンが多く、歳を重ねてくると最寄り駅にアクセスするのも大変で、里山を離れる方々が増えているということでした。草や木々の枝が生い茂った空き家の玄関ポーチやテラスに濡れ落ち葉が堆積しているのを見ると、寂しい気持ちになりました。

里山を散策して「芸術の秋」の風情を楽しむつもりでしたが、時代の変化をさまざまな場面で見ることになりました。時代の変化と、時の流れによるあらがえない衰勢 ― 次代がどこまで、この状況を修復してくれるか楽しみでもあり、一抹の寂しさもありました。

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