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宮沢賢治の世界が子どもたちを変える

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「朝起きは三文の徳」ではありませんが、いつも早朝に聞いているNHKラジオの番組で、宮沢賢治の音楽好きのことが話題になっていました。

宮沢賢治は『注文の多い料理店』『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』など、子どもの頃に何度も読み聞かされた数々の作品を残した一方、自身の趣味 ― チェロ演奏の経験をもとに、地元・岩手県花巻市の農民たちと楽団を結成することを夢見て、チェロの練習にはげんでいたといわれています。その体験から生まれたのが、あの名作『セロ弾きのゴーシュ』だそうです。

番組内ではクラシックレコードの収集に夢中だった賢治が、時間を見つけては地元のレコード店に出かけるほどのコレクターで、行きつけのレコード店は賢治のおかげで新作のレコードが多く売れる店舗としてレコード会社から感謝状をもらうほどだった ― と紹介されていました。

賢治は一度レコードを聴くと、そのしらべを記憶する能力を備えていたようで、収集したレコードは惜しげもなく次々と譲っていたという逸話も残っています。番組内では賢治が好んだレコードのSP盤が再生され、興味の尽きない内容でした。

宮沢賢治の作品を読むにつけ、夢のあるリズミカルな文章が印象に残ります。音楽をはじめとしたさまざまな芸術への高い関心を持つことによって、賢治の作品が生まれてきたと言われていただけに、レコード好きの話は賢治ならではと感じました。

たとえば『セロ弾きのゴーシュ』で、ゴーシュは町の音楽会で発表する第六交響曲の演奏が下手なために団長からきつく叱られます。夜遅くまでチェロを弾くゴーシュの前に毎夜登場するのが三毛猫、かっこう、子ダヌキ、野ネズミなどの動物たち。彼らと一緒になってチェロを弾くことでゴーシュの腕は上達し、音楽会は大成功、アンコール演奏にゴーシュが指名される ― という筋立てにも納得しました。特にゴーシュがアンコールで「印度の虎狩」を弾く場面では、懸命に弾くチェロの音(ね)が聞こえてくるような心持ちになった記憶があります。

『風の又三郎』では台風シーズンの二百十日(雑節のひとつ。作中では9月1日)に転校してきた新入生を「又三郎」と呼ぶようになり、さまざまな出来事を経て、再び風の強い日に転校していった ― という筋立てだったと記憶しています。前触れもなく教室から消えた「又三郎」は、本当に『風と共に去りぬ』という印象でした。

この原稿を書き始めた頃に、盛岡へ仕事で出かけました。仙台を過ぎ花巻まで来ると、理想郷 ― 「イーハトーブの世界」が始まり、車窓からの景色を眺めていても心が和みます。そして「雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫なからだを持ち 欲はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている」 ― という賢治の遺作のメモを懐かしく思い出します。

今の時代、“しつけ”と称して子どもの人格まで否定したり虐待したりする未熟な若い父母の話を聞くと、宮沢賢治が描いてきた世界に触れたことのない世代だろうかと思います。

たしかに若い親は忙しく、子どもにスマホやモバイル端末を与えてひとりで寝てくれたら楽でしょう。しかし、親が子どもに読んで聞かせ、やがて親になった子どもがまた次の世代に伝え、代々と読み聞かせがつながっていく。親子のゆったりとしたあたたかい時間と記憶は、物語の内容だけでなく満たされた子ども時代の大切な思い出となって、のちのちの人格形成にもつながるのではないかと思います。

機会はつくるもの ― 読書の秋に“私の本”を見つけませんか。

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