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「限界集落」での体験

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過疎化・高齢化が進展していくなかで、社会的・経済的な共同生活の維持が難しくなり、社会単位としての存続が危ぶまれている集落のことを、「限界集落」と呼びます。これまでも報道を通して見聞きしていましたが、実感はあまりありませんでした。

しかし、数年ぶりにある山間部の集落を訪れたとき、初めてそれを体感し、愕然としました。その町は、愛知県三河地方にある中核都市の郊外の山間の集落です。12年ほど前に市町村合併で大きな町に統合され、市街地からは車で40分弱、公共交通機関は途中までバスがあるものの、車がないと非常に不便な地域です。

以前は林業と農業が盛んな地域でしたが、今はそういった仕事を専業とする人は皆無となってしまったようです。車で1時間も走ればトヨタ自動車をはじめ自動車関連企業が軒を連ねている都市ですが、通学にも通勤にも1時間もかけるのなら、もう少し便利なところへ ― と若い世代の多くが転居してしまいました。今も住んでいるのは65歳以上の高齢者ばかりとなっています。40年ほど前には160名ほど在校していた小学校も、今では全校で19名、統廃合の話も出ていると伺いました。

そして驚いたのが、数年前にはなかった猪よけの電気柵が、田んぼから人家の周囲をぐるりと取り囲むように設置されていたことです。バスが走る道を左折し、集落へ向かう道を走り出すとすぐに周りの景色が一変、電気柵ばかりが目に飛び込んできます。すでに田植えを終えた田んぼは青々としていますが、そこで働く人の姿は皆無。目的地に到着するまで、行き交う車数台を除いては人と出会うことはありませんでした。

40年ほど前は、夏の夜に田んぼのあぜ道を歩くと蛍が飛び交う風情を体験できたのですが、今はそんなこともできなくなったようです。猪は電気柵で進入を防ぐことが可能になりましたが、野猿はお構いなしに柵を越えて入ってくるので、畑の作物が荒らされ、老人たちの収穫の楽しみを奪ってしまっているようです。

また、山あいではちょうど今頃の季節に花をつける笹百合などが見ごろになりますが、そうした花々も猪が球根を食べてしまうため、可憐な花を咲かせることも少なくなってきました。驚いたのは、10mと離れていない山裾をカモシカが歩く姿を見たことです。こんなことも最近では日常になっていると聞きました。

過疎化と少子・高齢化の進行により、65歳以上の高齢者の割合はとうに50%を超し、暮らしぶりにも変化が起きているようです。高齢者の山道での運転は危険なこともありますが、移動手段がないため、車に頼らざるを得ないというのも一理あります。

市では地域の足を確保するため「地域バス」を朝・夕に走らせているようですが、利用者は減少の一途で、廃止の動きもあるようです。この集落では「地域バス」を継続してもらうため、老人会が中心になって月1回は「地域バス」に乗って市街地へ出かける活動をしているようです。しかし、これも焼け石に水―抜本的な解決にはなっていないといいます。

この集落から車で20分もいけば、トヨタ自動車のテストコースがあり、そのあたりはすっかり開発されています。しかし、一山、二山を越えるとすっかり変わった風景が現れます。「限界集落」といっても、車で移動すればすぐに街中へ出られ、急病になれば救急車も来てくれるというので、住んでいる方々はのんびりとしていましたが、久しぶりに訪れた私にとっては「地方の崩壊」という現実をまざまざと見せつけられたようでショックでした。

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