視点

歌は世につれ、世は歌につれ

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連休中に普段はあまり見ることのないテレビで、懐かしの歌謡番組が放送されているのを見ました。その中で、亡くなって29年もたった美空ひばりの「人生一路」が、本人の歌声で放映されていました。

1970年に発表されたこの歌には、私にもいろいろな思い出があります。この年は「70年安保」の年で、大学へ入学したばかりの私の周りでもさまざまな出来事が起きていました。

当時所属していたサークルに、九州男児にしては、ひ弱に見える先輩がいました。ところがその先輩はコンパのたびに、この歌を大声上げて唄っていました。「一度決めたら 二度とは変えぬ これが自分の 生きる道 泣くな迷うな 苦しみ抜いて 人は望みを はたすのさ」 ― なぜかその歌声を聴くと、それまでは騒がしく飲んでいたメンバーが、しんみりとなった記憶があります。

当時は高倉健や鶴田浩二が主演する、東映やくざ映画が若い世代にもてはやされ、高倉健が歌う「唐獅子牡丹」の「義理と人情を 秤にかけりゃ 義理が重たい 男の世界」が、私たちには憧れになっていました。それだけに「一度決めたら 二度とは変えぬ これが自分の 生きる道」という歌詞に共鳴していたのだと思います。

歌が2番に入ると「雪の深さに 埋もれて耐えて 麦は芽を出す 春を待つ 生きる試練に 身をさらすとも 意地をつらぬく 人になれ」という歌詞を何人もの先輩が声をはり上げ、合唱していた姿が目に焼きついています。

当時の私たちはフォークソング世代で、いわゆる「演歌」には馴染めなかったのですが、「人生一路」の歌詞には共感するものを感じた思い出があります。その先輩はその後、地元へ帰り教師になり、もう会うことはなくなりましたが、学生時代の懐かしい思い出のひとつとなっています。

空ひばり自身の歌声で聞いて、改めて私にとってもこの歌詞は、心に残りその後の生き方にも少なからず影響を与えていたと感じました。

それとともに感心するのが、作詞家の語彙の豊富さと的確さです。決められた字数のなか、研ぎ澄まされた言葉・文言、的確に人の心を打つ言葉が選ばれていて、作詞家という職業の奥深さ、造詣の深さが感じられました。

私が仕事でお目にかかる経営者にも、美空ひばりの歌が好きという方が何人もおられます。世代的には私より少し上の世代で70代の方々が多いのですが、もう20年以上も前にお目にかかった経営者にも、そういう方がおられました。

その方はカラオケをご一緒すると必ず、地方から上京して板金工場で働き、その後独立、自分の工場を経営するようになられたご自身の人生を振り返りながら、美空ひばりの「ひとすじの道」を「幼いあの日から ただ一つの道を 迷う事なく」と、絶唱されていました。

多くの人には人生に疲れ、嘆息するたびに思わず口ずさむ歌があると思います。それはたびたび、自分自身を励ますことがあります。私も、疲れて風呂に浸かっている時、思わず歌を口ずさんでいることがあります。出てくるのは定番の歌が多いのですが、時には自身を鼓舞するような歌を唄っていることがあります。

そんな時には歌い終わって湯船の中で思わず苦笑してしまうことがあり、パンパンと拍手して元気を取り戻すことがあります。そんな経験を含め、歌にはさまざまな思い出と、それを思い出すことで気合を入れる効用があると感じています。

久しぶりに聞いた「一度決めたら 二度とは変えぬ これが自分の 生きる道」という壮絶な歌詞に、改めて励まされた自分を感じました。

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