作業者支援機能が強化されたEGB-ATCeの導入で生産性は2倍に
事業承継者にバトンをつなぐレールを敷く
有限会社 ケーテック
自動金型交換装置付きベンディングマシンEGB-1303ATCe
1985年に設備を導入して板金加工事業を開始
左から、加藤友才さん、加藤昌信社長、堀川直人さん
㈲ケーテックは1968年に、加藤昌信社長の父親、加藤功氏が三重県四日市の60坪ほどの工場で溶接専業の個人会社「加藤熔接製作所」を開業したのがはじまり。1974年に現在地に工場移転したが、1973~1974年の「第1次オイルショック」による景気後退の影響で仕事は半減。きびしい受注環境が続いたが、拾い仕事を集めて急場をしのいだ。
同社は創業当時から、三重県内にあった大手重電メーカーの工場でプレス加工された高圧用変圧器部品の溶接を専門に請け負っていた。社員が4~6名に増える中で高圧変圧器の溶接仕事に加えて、県内の送風機メーカーの仕事も受注するようになった。
その後、送風機の仕事を返上する中で、親しくしていた板金工場の経営者から、「切断・抜き・曲げの簡単な板金加工の仕事から溶接までを一貫して請け負えば付加価値が生まれる」とアドバイスを受け、1985年にセットプレスSP-30Ⅱ、シャーリングマシンM-1245、ベンディングマシンRG-35Sの3台を導入して、板金加工にも取り組むようになった。
左:工場内の様子/右:レーザマシンFO-MⅡ 2412NT+LST-2412FMⅡ
設備能力の増強と2代目社長の就任
加藤社長は学校卒業後、メーカーに勤めていたが、板金機械3台を導入した1985年に父親から、「設備を導入したので会社を手伝ってくれないか」と相談を受けた。たまたま勤め先の仕事を受注していた縁もあって、1986年に勤め先を退社し、同社に入社した。
入社当時は導入した機械を使いこなせる社員がいなかったこともあり、加藤社長は取扱説明書を読み込み、知り合いの板金工場の社長から指南を受けながら、それぞれの機械の操作を習得していった。
1988年には曲げ長さ2,500㎜までに対応できるベンディングマシンFBD-1025Fを導入した。曲げ工程の加工能力が高まってくると、前工程のブランク加工がシャーリングマシンとセットプレスだけでは加工能力が足りなくなったため、1990年にOLC1000P(1kW)のアマダ製発振器に載せ替えレトロフィットされたレーザマシンLC-644を導入した。これによって、ブランク加工から曲げ、溶接までの加工能力が向上、工作機械や周辺装置に使われるカバー関係の仕事を受注できるようになった。
1996年、35歳で2代目を就任した加藤社長は積極的に得意先を開拓し、仕事も徐々に増えていった。現在では工作機械・周辺機器のカバーやブラケット、建設機械部品、自動車関連部品と、大きく3業種からの仕事が売上の大半を占めるようになり、高圧変圧器の仕事は返上した。
作業位置に合わせて移動する「タブレットHMI」によって突き当て位置を確認しながら曲げを行う
TIG溶接作業
会社情報
- 会社名
- 有限会社 ケーテック
- 代表取締役
- 加藤 昌信
- 所在地
- 三重県三重郡川越町大字当新田431-1
- 電話
- 059-365-4648
- 設立
- 1999年(1968年創業)
- 従業員数
- 5名
- 主要事業
- 工作機械・周辺機器カバー、建設機械、自動車部品、物流機器などに付帯する板金製品の加工
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