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勇気を持ってルビコン河を渡れ

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2024年春の賃上げ交渉では、幅広い業種の大手企業が満額回答や早期決着の動きを見せた。記録的な物価上昇を背景に、賃上げが追い付かない状況が長く続いてきたが、今年は30年ぶりの高い賃上げ率となった2023年を上まわり、4%台の高い伸び率になりそうだ。

これを受けて日銀は、2%の物価目標を安定的に達成できる可能性が高まったとして、2016年2月から導入してきたマイナス金利政策を解除。2007年2月以来17年ぶりの利上げを発表した。しかし、金利の急上昇を防ぐために一定規模の国債の買い入れは続けるとの発表もあったことから、円安に歯止めはかからず、株式市場にも影響はない。市場では為替動向をみて、7月にも追加の利上げが行われる可能性も指摘されている。

ここまでの賃上げ回答は大企業が中心で、雇用労働者の約70%が勤めている中小企業の賃上げの動きが気になる。大半が中小企業といわれる板金業界の賃上げ状況について親しい経営者に尋ねると、おおよそ3~5%の賃上げを予定している企業が多い。すでに3.7%の賃上げを発表した企業もある。

しかし、経営者の胸の内はきびしい。発注元の大企業は昨年来、材料費や電気代などのコスト上昇分については価格転嫁に応じる反面、賃上げ分は「企業努力で対応してください」と色よい返事をしないことも多いという。

人手不足、生産年齢人口の減少という中で、人材の確保と育成が、中小企業経営者の優先課題となっている。優秀な人材を確保するためにも雇用条件の見直しは喫緊の課題であり、その試金石が今年の賃上げになっている。「営業利益がイーブンなら借金をしてでも人材確保のため、賃上げ幅の上昇は避けられない」と話す経営者もいる。

政府も中小企業の賃上げをバックアップするため、業界団体などを通じて大手企業に対し、取引先の中小企業から賃上げ相当分の価格への上乗せ要請があれば善処するようにと指導しているが、なかなか浸透していないのが実情だ。むろん中小企業も安易に価格転嫁をしようとするのではなく、自助努力により、自動化・省人化やDX、GXへの取り組みが必要だ。

それにしても円安、株価の高騰、大手企業の賃上げ回答、それを踏まえての政府・日銀の対応を見るに、日本に本当の意味での経済政策の背骨があるのか疑問だ。

バブル崩壊後の30年、政府と日銀は「骨太の方針」「異次元緩和」「アベノミクス」などさまざまな施策を打ち出してきたが、少子化、人口減少、高齢者人口の増加、それに対応する年金・医療費の増加、子育ての問題、身近に迫った「南海トラフ地震」への対応をはじめ、経年劣化が目立つ社会インフラに対応した「国土強靭化」、そして国債発行に依存する財政赤字からの脱却など、抜本的な問題はすべて先送りされてきた。

国民に相応の負担を背負わせるなら、行政も襟を正し、身を切って「出(い)ずるを制する」ための努力をしなければいけないのだが、一向に改善はされない。手をつなぎ、仲良しクラブで課題に向かえば怖くはないのだろうが、日本が置かれた地政学的な問題も踏まえ、現状を見ると、政治・経済界のリーダーは今こそ勇気を持ってルビコン河を渡り、後戻りのきかない道へと歩み出す決断を下すことが必要になっていると感じる。

逆境に直面した時、人々は歴史を変えるほどの大きな決断を下し、劇的な大逆転を遂げてきたといわれている。今がその時のように思える。

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