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「鋼を鍛え打つことは、私自身を鍛えること」

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福井県越前市にある「越前打刃物(えちぜんうちはもの)の里」に工房を構え、「伝統工芸士」でもあり、2012年には「現代の名工」にも選ばれ、2013年には黄綬褒章を受章された清水正治さん(㈲清水刃物・代表)。先日、その工房を訪ね、話をうかがう機会がありました。

700年の伝統を持つ「越前打刃物」は、1337年に京都の刀匠・千代鶴国安が刀剣製作に適した地を求め、府中(現・越前市)に来住、刀剣製作のかたわら、近郷の農民のために鎌をつくったことが始まりといわれています。その歴史と技術が高く評価され、1979年には刃物産地として全国で最初に国から「伝統的工芸品」の指定を受けます。時代の変化の中で、刀剣から暮らしに密着した生活用具へと、その優れた技術を転化し、身近な包丁などの調理用具類を中心に、農業・林業・漁業関連用品まで、その幅を広げています。

東京・築地などの卸売市場で働く職人さんたちの中にも、清水さんが打った包丁を愛用する方が多いと聞きます。中でも目を引くのが、日本刀のような長さとしなやかさを備えたマグロ切包丁。長さ1mを超える包丁を打つには、大変高度な技術が要ります。打刃物の名人は数多くいますが、これだけの長さのマグロ切包丁を打てるのは、日本では清水さんを含め3人だけ。私が工房を訪ねた日も、築地でマグロを商いながら「マグロ解体ショー」のイベントも手がける職人さんが、長年使い込んだマグロ切包丁の研ぎ直しを依頼、その日が納めの日とのことで、東京から受け取りに来訪されていました。

「普通の包丁と比べると圧倒的に長く、当然重い。今回は大・中・小の3本の包丁の研ぎ直しを依頼しました。“大”が長さ135㎝。“中”が100㎝、“小”が70㎝くらいで、3本とも見事に研ぎあがっていました。マグロ切包丁は、大きなマグロの骨に沿って身をおろすのに、刃が強すぎても柔らかすぎてもいけない。強靭でありながら“しなやか”、しかも“しなる”ような刃でなければいけません」。

「長年打ち続けている清水さんの包丁に出会い、『値は張るが一生もつ』という言葉を聞いて製作を依頼してから、もう長い付き合いになります。この包丁の製作には10日ほど要すると聞きます。これだけの長尺の包丁を製作するには、優れた技術だけでなく、強い精神力と体力が必要です。清水さんは今年77歳ですが、この道一筋60余年―師匠の作業場に一歩足を踏み入れると、凛とした空気の中、ごうごうと燃えさかる炎で焼かれ鍛造によって鍛えられる鋼―その様子を見ているだけでも、荘厳な気持ちになります」と、この職人さんは話していました。

工房内は薄暗い。1,000度ちかい火床の中で鋼と地鉄を合わせ、真赤になった素材の色を見ながら打つので、炎の色を見定めるためにわざわざ暗くしています。

「越前打刃物」は鋼を焼く・打つを繰り返し、地鉄を割り溝に鋼を入れ込み鍛造します。「2枚広げ」といわれる技法が使われ、2枚重ねた鋼を裏と表からベルトハンマー(昔は大槌2人、小槌1人で打ったという)で打ち、2枚が同様に薄く延びるよう手早く作業します。鋼を2枚重ねることによって厚みが倍になるため、ベルトハンマーでの圧縮力がよく働き、しかも温度が下がりにくく、製品の板むらを少なくします。焼き入れ・焼き戻しをして、荒砥ぎ・中研ぎ後、鋭利に研いで仕上げます。

「鋼を鍛え打つことは、私自身を鍛えること」と語る清水さんは、「まだまだ修行中」とコメントしていました。

これまでも鍛金職人や屋根板金の職人などと話をしてきましたが、太くたくましい腕、眼光の鋭さなどは共通しています。モノづくりの偉大さと、それを極めた職人の崇高な姿に心が洗われた気がします。

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