創業120年─省エネ・変種変量生産に対応
ボイラー・圧力容器の製缶溶接に対応/加工領域拡大にファイバーレーザマシンENSIS-3015AJを導入
株式会社 門田鉄工
創業121年、松山城下のモノづくり企業
門田家の本家は古くから松山城下で鍛冶屋を手がけてきた家で、同社は1894年、屋号を「門峰」として現社長の祖父、門田峰次郎氏によって創業された。2代目の門田邦良氏は終戦後、戦地から帰国し、家業を手伝って技術を磨き、社名を門田鉄工所に変更した。
1952年頃から、現在の主要得意先であるボイラーメーカー(当時は精麦機などを製造)と取引を始める。1967年に工業高校を卒業した現社長の門田一郎氏が入社。その年の6月に法人化し、㈱門田鉄工所を設立した。門田一郎氏は専務取締役に就任し、得意先への対応や、現場の責任者として設備導入や立ち上げなど、社業発展に尽力してきた。
1989年、四国で最初にレーザマシンを導入
お客さまの立場に立った製品づくりを心がけ、1987年には得意先の産業機械メーカーと一体で、労働省労働基準局から第一種圧力容器製造認定工場の指定を受けるとともに、多くの社員がボイラー・圧力容器の溶接作業ができる溶接士免許を取得、圧力容器に精通したプロ集団として、製缶溶接技術に特徴を持ってきた。
1989年には四国で第1号のレーザマシン(米国フォトンソース社製・低速軸流型発振器搭載)を導入。レーザ加工部門として四国レーザー㈱を設立。1991年にはステンレスの薄物加工部門として㈲エス・ユー・エスを設立した。
同社は当時、それぞれの専門分野を活かし、シナジー効果による事業成長を目指した。それで、ボイラー・圧力容器に取り付ける様々な艤装部品の取り付け位置の穴加工などを、ロール曲げ加工する前のシートに加工することなどを目的に、レーザマシンを導入した。当時、レーザ加工技術は黎明期で、中小企業が導入するにはリスクが大きかったが、門田社長は一筆書きで加工でき、非接触加工で形状自由度の高いレーザ加工が持つ可能性を評価した。
しかし、板金加工に応用するには発振器の能力とは別に板金加工に精通したソフト、運用方法、故障対応などのサポートが必要になる。導入したマシンはこうした点が弱かったため、その後継マシンとしてサービス対応力のあるアマダのレーザマシンLC-βを材料棚とのセットで導入、ステンレスなどの難加工材の加工にも適応させていった。
2008年のリーマンショック後は総合力で対応した方が良いと判断、事業分割会社を統合し、改めて㈱門田鉄工として事業の発展を進めるようになった。
会社情報
- 会社名
- 株式会社 門田鉄工
- 代表取締役
- 門田 一郎
- 住所
- 愛媛県松山市堀江町甲1-1
- 電話
- 089-979-2200
- 設立
- 1967年(1894年創業)
- 従業員数
- 48名
- 主要事業
- 各種圧力容器・ボイラー部品の製缶板金加工、各種ステンレス加工、食品機械類
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