板金論壇

日本の伝統と文化 ― 鍛金とたたき板金

『Sheetmetal ましん&そふと』編集主幹 石川 紀夫

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京都の鍛金職人

最近、お会いしたふたりの話に感銘を受けました。

おひとりは、京都で70年以上にわたってアルミ製・真鍮製・鉄製の鍋などの料理道具をつくり続けている京都の鍛金職人の寺地茂さん。自分のつくった鍋がブランド品として百貨店で高価な値段で販売されることを嫌い、自分の思いを伝えるファクトリーブランドを立ち上げ、現在は京都市東区の三十三間堂近くで「WESTSIDE33」というお店を構えている。

鍛金は金属を金床(かなとこ)や烏口(からすぐち)などにあて金槌で打つことでカタチを変えていく加工法で、打ち物、鎚金、鍛冶とも呼ばれている。鍛金でつくった鍋は表面積が広いため、熱伝導率が高く、保温性にも優れているのが特徴で、プロの料理人は鍛金製の鍋にこだわって愛用している。平安京の昔より1200年以上の歴史を持つ京都では、仏具から茶道具に至る工芸分野でも鍛金でつくられた道具が用いられ、次第に鍋、やかんなどにも広く使われていった。

人の手でこしらえたものには、人の手のあたたかみがある

戦前の京都には「やかん街」と呼ばれる鍛金職人が住む一角があった。ところが出兵で多くの人が帰らぬ人となり、復員してきた職人の数は限られ、しかも材料の入手が困難で離れていった職人もいたという。そんな中で、寺地さんの父は空襲で焼けたバスの車体を再利用し鍋・釜・やかんをつくって家族を養いながら鍛金技術を残してきた。寺地さんは小学生の時に父親から鍛金技術を教わりながら、金槌と金床で初めて鍋をつくったという。以来、70年以上も鍛金一筋で仕事をされている。

「昔は板厚3.0㎜の鉄板を金床に乗せ、金槌でたたいて鍋をたたき出しでつくることもやりましたが、80歳を超えるとそこまでの仕事はできなくなりました」と語る寺地さんの腕はそれでも太くたくましく、指の太さには驚きました。

「最初の頃は日に何千回も金槌を振り下ろすので、利き腕が腱鞘炎になったこともありました。でも、人の手でこしらえたものには、人の手のあたたかみがある。たたいて板を立ち上げて形をつくっていきますが、歪みが残ると割れが起こる原因になるので、歪みを取りながらたたいていき、どこをどの順路でたたくと歪みを少なくすることができるのかを経験で学んでいくしかありません」。

30年前に自分がたたき出してつくり上げた鋼製の両手鍋を手に取りながら、鍛金技術のむずかしさを語る寺地さんの、作品を見る目の鋭さに驚かされる。鉄やアルミ、真鍮でできた行平(ゆきひら)鍋や煮物用の両手鍋の表面には槌目が残り、それが光に輝き独特の趣を醸し出す。こうしてつくられた鍋やワインクーラーなどの料理道具が、最近はパリやニューヨークの三つ星レストランにも置かれるようになった。また、お店の近くにある高級ホテルのレストランでも使われており、そこで、食事した海外からの宿泊客の目に留まりホテルのコンシェルジュを通して購入の申し込みもあるという。

「こういう鍋でこういう料理をつくったら、おいしいやろうな、と想像して、いろんな種類をつくってきました。ゆっくりと丁寧に、時間をかけて炊いたら、料理はその分おいしくなる」と話してくれた寺地さんの優しい笑顔が目に浮かぶ。

今では寺地さんの鍛金技術をご子息が引き継ぎ、鍛金をやりたいという大学出身の若い職人たちと一緒に工房を続けている。

つづきは本誌2017年12月号でご購読下さい。

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