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年金問題 ― 自己責任が問われる時代に

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「老後の生活費として年金収入だけでは月額5万円が不足するので、2,000万円の蓄えが必要」という前提で、資産形成を呼びかけた金融庁の報告書。麻生太郎金融担当相は受け取りを拒否しましたが、その後も議論が続き、参議院選挙の争点にもなりました。たしかに公的年金だけで老後を考えるときびしく、私見ではその後に経済産業省が公表した「2,895万円」という試算の方が実態を示しているような気がします。

報道では、国民の60%強が老後のために自己責任で資産形成を計画しているとの調査も報告されており、この問題に対する国民の関心は高いようです。

しかし、民間企業ではすでに退職金制度が企業年金制度に変わり、それも確定拠出年金のように加入者の自己責任で年金を投資信託などで運用するケースが増えています。企業や国に「おんぶに抱っこ」でなく、資産形成を自己責任で行う流れが定着してきています。

むろん、公的年金の基金として国民の多くは給与所得から毎月一定額が控除され、企業も同様に法定福利費として同額を拠出しています。それだけに本来は公的年金だけで老後も不安のない生活ができることが望ましいのでしょうが、少子高齢化が進み、現役世代の人口が減少する中では、年金の減額や支給年齢の変更もやむを得ないと考えざるを得ません。

政府がこれから進めようとしているように、定年を70歳まで延長することも必要なのでしょうが、男性の健康寿命の平均が72.14歳、女性が74.79歳といわれる現状だと、男性はリタイア後に介護なしで動ける期間が2年ほどしかないということになります。平均寿命から考えると男性は8.95年、女性は12.47年が要介護の期間になります。

こうしたことを踏まえ、退職後に有意義な人生を送ろうと考えると、「2,000万円以上の資産形成を」というのもうなずけます。

憲法25条では「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定められていますが、それはセーフティーネットとして国が最低限度の生活費を保障してくれると考えるべきだと思います。国民が老後の生活を真剣に考えるきっかけを与えてくれたという意味では、今回の金融庁報告は有意義であったと思います。

ところで、最近は生前葬が流行っているようです。出席はできませんでしたが先日、同級生が生前葬を行いました。60歳で38年間勤めた会社を退職後、夫婦で海外旅行や趣味を楽しんでいました。一念発起して四国八十八カ所を巡り、満願成就すると、生前葬で自分の口からお世話になった人たちに直接お礼を言いたい、と生前葬を実行したようです。

当日はみずから編集した映像やスライドなどを投影して自身の人生を語ったそうです。後日、本人から話を聞くと、お別れに「死に装束」に着替え棺桶にも入り、ガラスの窓枠越しに参加者の顔を拝顔すると、これまでとはちがった風景が見え、その後の人間関係にも変化が出た、ということでした。それなりの蓄えがあったからこそ生前葬ができたのですが、そうした「終活」を考える人たちも増えていているように思います。

また、この友人とは別の余命宣告を受けた方が、今までに出会った大切な人たちと直接会い、自分なりの別れを告げるために生前葬をしたという話も耳にしました。

国が何かしてくれることを望む前に、ライフプラン ― 自身の老後はみずから考え、みずからできることは自己責任で計画・実行することが大切だと考えさせられました。

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