〜視点〜

”賢者は歴史から学び― 愚者は体験に学ぶ”




 ドイツ帝国初代首相で鉄血宰相と呼ばれたビスマルクが語った語録の中に「賢者は歴史に学び、愚者は体験に学ぶ」と言う言葉がある。1929年の大恐慌の再来と言われ100年に一度しかないような未曾有の世界同時不況を目のあたりにして改めてこの言葉の意味が経営者に問われている。日本政府は平成9年11月の山一證券や拓銀の破綻を契機に、金融システムに対する不安が広まるにつれ、公的資金注入を検討するようになり平成10年2月には、改正預金保険法と旧安定化法が成立し、平成9年度第1次補正予算で初めて公的資金枠30兆円が用意されることとなった。そして金融機関に対する公的資金の注入が行われ銀行の破綻連鎖を防止し日本経済への信用不安をなくすことに成功した。この経験を踏まえ政府は、昨年9月15日に発生したアメリカのメガ証券会社リーマン・ブラザーズの破綻がそれ以外の金融機関に連鎖するのを防ぐためにアメリカ政府が採用した公的資金注入を『日本の経験に学んだ最善策』として評価した。その後のG8や途上国を含めた20カ国首脳による「金融サミット」でも日本の経験をことさらにアピールした。ここまでは歴史に学ぶ賢者の判断と評価されたとしても、その後に発表された定額給付金制度や第2次補正予算の先送りなどは、まさしく愚者が体験に学ぶものと言わざるを得ない。最近の世論調査でもこの施策に関しては半数以上の国民が反対を表明している。現内閣が賢者か愚者かは史実が明らかにしてくれるのだろう。1929年にニューヨーク証券取引所で株価が大暴落したことをきっかけに生じた金融恐慌は金本位制であるがゆえのシステム的な不備と当時の各国当局の対応のまずさから生じたといわれている。今回も世界の基軸通貨であるドルの威信を象徴するアメリカ経済への信用失墜がもたらしたという点では状況は酷似している。しかし、根本的に異なるのが、経済規模が格段に大規模になったということと、IT化の加速で地球がはるかに小さくなったという事実である。そして考えなければいけないのがトリガー産業であった自動車産業の構造変化である。原油高騰やCO2の排出削減に対する関心の高まり、新興国での急速な都市化による排ガスによる公害の多発といった問題から自動車産業への風当たりは強い。GM、クライスラーなどのアメリカビッグ3に公的資金を注入する話も上院はこれに反対、結果的賢者は歴史から学び愚者は体験に学ぶにはブッシュ政権が金融機関を救済する公的資金を注入することでかろうじて年末での破綻を免れた。1月20日に第44代大統領に就任するバラク・オバマ新大統領も雇用確保という視点でビック3への公的資金注入を肯定しているが、新大統領の経済政策はクリーンエネルギー経済を進めるという立場だ。クリーンエネルギー関連へ今後10年で15兆円の投資を行い、500万人の雇用を創出させるという政策が中核となっている。今後、アメリカではビッグ3を巻き込んだ自動車産業の再編が起こり、ドラスティックな構造改革になることは間違いない。すでに世界の自動車メーカーは6社に再編されるという観測すら出始めている。世界経済を支えてきた自動車産業というパラダイムは大きく変わる。代わって環境問題や省エネルギーに関連した新たな産業創出が注目されるようになった。オバマ新大統領の『グリーン・ニューディール政策』は第32代大統領フランクリン・ルーズベルトが大恐慌克服のために打ち出した「ニューディール政策」に準えた同時代的な要求にともなう景気浮揚策である。大恐慌に学ぶ賢者か、はたまた愚者になるのか重要なエポックを迎えている。