Sheet now

ファイバーレーザマシンENSIS-3015AJを都内で初導入

加工領域拡大に最適なオールインワンマシン

有限会社 堀内製作所

LINEで送る
Pocket

画像:ファイバーレーザマシンENSIS-3015AJを都内で初導入2015年3月に導入した、ファイバーレーザマシンENSIS-3015AJ+LST-3015AJ。都内では初めての導入となる

墨田区でモノづくりを続けるアーバン工場

東京都墨田区で長年モノづくりを続ける㈲堀内製作所。1948年に先代の堀内朝光氏が同区寺島町で創業して以来67年、下町で鉄工所を営んできた。主力製品は電機(トランスなど)やバイク関連の部品、建築金物、照明機器など。本社の建物を出ると、3年前に開業した東京スカイツリーが目と鼻の先に迫り、周辺は高層マンションや住宅に囲まれている。

創業当時は戦後の復興途上で鋼材も満足に手に入らなかったため、先代は捨てられた米軍の缶詰の缶を引き延ばし、板状にしたブリキを2台のケトバシ(手動プレス)で加工し、雑貨用品をつくる仕事を始めた。先代と夫人は二人三脚で事業を興し、次第にトランス用部品をはじめプレス加工の仕事も手がけるようになり、1953年に現在地(墨田区押上)へ工場を移転、1955年に法人化した。

堀内和彦社長は、千葉工業大学を卒業したあと冷凍機の自動バルブメーカーの生産技術部に就職し、機械加工、ろう付けなどの技能や、電気、冷凍機、高圧ガスの知識を深めた。ここで6年ほど勤めたあと、1974年に堀内製作所へ入社。堀内社長は入社の条件として「(事業発展のため)お金は出してほしい。ただ口は出さないでほしい」と先代に頼んだ。そして入社後は設備投資や工場設立などを敢行、事業を拡大してきた。

1965年には機械加工部門を設立、このころよりNC旋盤などのNC機械を導入し、機械加工品の製造も始めるようになった。1978年には塗装工程を内製化するため、本社工場近くに塗装工場を設立。1980年代には、NC 旋盤やレーザマシン(出力1kW)をはじめ、パンチングマシンPEGA-344を導入するなど自動化にも力を入れるようになった。1983年、PEGA導入にともない機械加工部門を近隣へ移転、機械加工工場を設立した。板金・プレス・機械加工を駆使し、幅広い材料・板厚に対応できるモノづくり企業として発展してきた。2006年には、同社の中核メンバーだった堀内社長の弟の逝去にともない、同社を支えるため子息の堀内英和専務が入社している。

そして今年の3月、ファイバーレーザマシンENSIS-3015AJ+LST-3015AJを都内で初めて導入した。ENSIS導入の狙いと、墨田区のモノづくりの変遷について堀内社長と堀内専務に聞いた。

画像:ファイバーレーザマシンENSIS-3015AJを都内で初導入ENSIS-AJの前で撮影。堀内和彦社長(中央)、堀内英和専務(左)、山口剛史(たけし)主任(右)

ピーク期の1/3以下にまで減った墨田の町工場

中小製造企業がひしめきあう墨田区は、戦前は軍事関連、戦後は繊維・金属・機械関連の仕事を中心に発展してきたモノづくりの町。

しかし、1985年のプラザ合意後の円高をきっかけに、国内産業は、アジアを中心に生産拠点の海外シフトを進め、いわゆる“空洞化”が起きた。さらに、グローバリゼーションが進むことで一物一価の考え方が進み、価格競争が本格化。国内需要はピーク期に比べ低迷、墨田区内のモノづくり環境も大きく変化し、中小製造企業の倒産・廃業が目立つようになった。そこへ、後継者難による事業継承問題が追い打ちをかけている。墨田区が行った調査によると、区内の中小製造企業数は、35年前の9,800社から3,100社まで減少している。

画像:ファイバーレーザマシンENSIS-3015AJを都内で初導入ENSIS-AJで加工したSUS・板厚0.5㎜の製品(左)とSS 400・9㎜の製品(右)

会社概要

会社名
有限会社 堀内製作所
代表取締役
堀内 和彦
専務取締役
堀内 英和
住所
東京都墨田区押上2-34-9
電話
03-3611-7204
設立
1955年(1948年創業)
従業員
31名
事業内容
トランス用部品などの電機関連、バイク関連、照明機器、建築金物などの板金、プレス、機械加工、焼付塗装
URL
http://members2.jcom.home.ne.jp/yamasoft/horiuti/

つづきは本誌2015年7月号でご購読下さい。

LINEで送る
Pocket

タグ

  • タグはまだ登録されていません。

関連記事

  • 関連記事はありません。

Sheet now記事一覧はこちらから