〜視点〜

何のために自分たちは存在するのか――ホンダ流「A00」とは

21世紀に入り、日本の製造業に対してなされる指摘の中で顕著になってきているのが、イノベーションがなくなるとともに、世界に誇ってきた品質管理にもほころびが見られるようになった――という苦言である。
たしかに2000年以前にはソニーのウォークマンをはじめ、人間のライフスタイルそのものを覆すような画期的な商品が日本で誕生してきた。しかし最近はiPadなどのタブレット端末、iPhoneなどのスマートフォンから、ツイッターや各種SNSなど、社会生活を変える商品の大半が米国から生まれてきている。その一方で自動車をはじめとするあらゆる分野で日本製品のリコールが浮上し、日本品質への信頼が揺らいでいる。どうしてこうした状態になってしまったのか。
中央大学大学院戦略経営研究科の客員教授である小林三郎氏は、1971年に本田技術研究所へ入社し、16年間に及ぶ研究の成果として日本初のSRSエアバックの開発・量産に成功。2000年にホンダの経営企画部長に就任後、2005年に退職した。
小林氏は「日本は過去20年間、コストダウンと効率化に力を注ぐばかりで革新的なことをしてこなかった。企業のトップも、今やそういった人たちが占めている」「オペレーションは論理的に正解を追求し、過去の経験や経営学が役立つ」「しかしイノベーションには論理はない」「本質を徹底的に熟慮するのがホンダのしきたり」「米軍の作戦命令書に倣って、これを『A00(エーゼロゼロ)』という」としている。
「A00」とは「目的」。A01 〜 09は「条件」、A1 〜99は「仕様・詳細」――という作戦命令書の構成の中で「A00」には最も重要な「作戦の目的」が記載されていることから、「A00を述べよ」と問うことは「君の仕事の目的を述べよ」ということだ。氏はかつて、シートを安全にする図面を持って試作課を訪れ、「A00」を問われた際、性能向上、コストダウン、軽量化、と答えると、試作課の年配の先輩に「それを使って何をしたいかが、A00だ」と怒られ、「目的と手段をきちんと整理しろ」と意識を喚起されたという。物事の本質は何かをきちんとわかっていなければ、目的が見えてこない。
「我が社の目的は収益である」と答える経営者が増えていると言われるが、小林氏に言わせれば「愚の骨頂、バカヤローだ」(表現ママ)ということになる。ホンダの創業者、本田宗一郎氏は「お客さまの『心』を研究し、求められる将来価値を見つけるのが最重要の仕事」と語っていたというが、最近はこうしたことの本質を考え、企業としての「A00」を考える企業人が減ってきていることが、イノベーションの停滞を招いている要因となっている気がする。
板金サプライヤーの中でも、会社の真の目的を明確に答えられる経営者がどのくらいいるのだろう。生産活動によって社会貢献を図る――などという企業理念はどの会社のWebサイトでも掲げられているが、その具体例は、と問われると、コストダウン、品質向上、納期遅延ゼロ、などと答える経営者が多い。しかし、それは目的を達成するための手段であり、事業の目的――すなわち貴方の会社、経営者1人ひとりの「A00」が明確にされなければ、イノベーションにはつながりにくい。世の中から必要とされる企業や人となるために、皆が「A00」を確認する必要がある。
もともと、企業組織論では目的と役割、手段の明確化、目的を共有して課題に向かう連携――ユナイテッドパワーが必要、などと言われているが、目的が明確でなければ役割や手段だけがひとり歩きする。これでは、新しいイノベーションを望むのは難しい。企業や組織は改めて問いかけていかなければならない。何のために自分たちは存在するのか――を。