〜視点〜

ゼロリスクはありえない



国内の原発がすべて停止する中で、関西電力管内を中心に、夏の電力非常事態が迫っている。政府は今のところ、昨年夏の東京電力・東北電力管内で実施したような計画停電などは行わず、民間企業や一般家庭の節電でこの事態を乗り切る方針のようだ。むろん、定期点検で停止中の関西電力・大飯原発の再稼働というニュースも流れており(6月末時点)、政府は地元の理解が得られれば再稼働に動くのではないか、との見方が強い。
それにしても原発再稼働をめぐる論議をみていて疑問に思うのは、絶対にこれで安心な「ゼロリスク」などという、ありえない話をめぐって、空論が繰り返されていることだ。地震学者も、これまでの原発の“安全神話”が崩れたことで、いたずらに「ゼロリスク」の高いハードルを掲げるようになった。本来、「ゼロリスク」などありえず、どれだけ安心と思われていても事故は起き得る。煎じ詰めれば確率の問題で、あらゆるところで、いつ事故が起きても不思議ではない。それならば事故を未然に防ぐために、あるいは被害を最小限に抑えるために、何をしなければいけないのか――そうした議論を専門家が進めなければ、結論は出しようがない。
これまで日本の電力供給の25%を占めてきた原発が停止したことで、代替発電のために、日本では大量の石油や天然ガスが消費され、それだけ多くの二酸化炭素を大気中に排出している。輸入される石油や天然ガスの価格は「ジャパンプレミア」がついて、すでに従来の調達金額を2兆円も3兆円も上回っている。これによって発電コストは上がり、すでに東京電力管内では電気料金の値上げが実施されている。今後こうした動きは日本全体に広がり、電気料金を現在の15%程度値上げすることもやむをえなくなっている。最近の円高で助かってはいるものの、今後の経済情勢によって急激な円安に振れれば、一気に燃料価格が高騰して、電気料金が今以上に上がることも想定しなければならない。そうなれば日本の産業にとっては、原価が高騰し、国内で生産を継続することが危ぶまれる。
昨年末から高い法人税、円高の進行、環境規制強化、労働規制強化、FTA交渉の遅れ、電力供給危機を指した“日本経済の六重苦”が話題となっているが、最近になって中小企業の間でも、安い法人税や電気料金、FTA交渉の活発化などで競争力を増す韓国への関心が高まっている。日本から韓国へ定期便が就航している地方空港の数は多い。1時間以内で韓国までいける地方都市もあり、1泊2日で十分、ビジネスができる距離感が評価されている。しかし、それによって国内産業は空洞化し、雇用機会が失われ、社会問題となる心配もある。また、“六重苦”の中で国内生産を継続すれば、コストダウンのために、さらなるリストラを断行することも俎上に挙がるようになる。
私たちは、ともすると今の平安がこれからも継続することに疑いを持たない。しかし、日本のおかれた立場が日を追うごとに厳しさを増していることだけは事実だ。そのような中で「ゼロリスク」を議論しているだけでは何も解決しない。政府も今の状況、今の状態が継続することによってもたらされる事態を正確に国民に知らしめ、英断しなければ、永久に結論は生まれない。むろん、リスクを避けることは必要だが、「ゼロリスク」はありえないということを明確にすべきである。原発を停止すれば化石燃料に頼らざるをえず、温室効果ガス低減の課題が先送りされる。電気料金が上昇し、日本の競争力が失われる。空洞化が加速して日本経済が衰退する。そうした“リスク”も併せて検証して議論しなければ進まない。前月号の「視点」で述べた“胆識”を持ったリーダーの登場を切望する。