〜視点〜

食糧安全保障と日本の立ち位置



食糧は人間が健康体を維持するため、また、食べるという最上の楽しみを味わい、それによって豊かな生活を送るための基礎として重要である。食糧の多くを輸入に頼っているわが国では平成11年(1999年)7月に公布・施行された「食料・農業・農村基本法」が、食糧安全保障に関する規定を設け、不測時に於いて国が必要な施策を講ずることが謳われている。島国である日本では、国内外の様々な要因によって食糧供給の混乱が生じる可能性がある。さらには3.11後の原発事故により、米をはじめとした多くの食材で放射能汚染が見つかったり、遺伝子組み換え技術による食材の開発が進むことによって、食糧に対する国民の不安が高まっている。安全で安心な食糧供給を確保するための対策や、その機動的な発動のあり方を検討し、日頃から準備をしておくことが必要だ。そのためにも政治主導の食糧安全保障対策が必要になっている。
国連食糧農業機関(FAO)の調査によると、2000年をベースにして2050年までに、世界の穀物生産は21億4,300万トンから34億200万トンへと60%近く増やす必要がある、との事。特に人口増加の激しい発展途上地域では、10億600万トンから19億1,400万トンへと、実に90%も増やさねばならない。人口の伸びが止まった先進地域でも、食肉消費の増大やバイオ燃料生産のために10億80万トンから13億6,300万トンへと、36%も増産しなくてはならない見通しだ。世界的に見て可耕地はまだ十分にあるものの、中東や北アフリカ、南アジアなどでは、耕作可能な土地がすでに限界に近づきつつある国も少なくない。そうした限界耕作地は灌漑用水が不足し、土壌の質が悪いために限られた作物しかつくれない。風土病の流行で耕せない土地も多い。
世界人口が毎年8,000万人以上増加している現状では食糧増産は人類にとって深刻な課題となっている。こうした中で人口13億人と世界最大の食糧消費国である中国は政府主導による食糧安全保障――農業政策がプライオリティの高い課題となっている。以前は大豆輸出国であった中国は、今ではアメリカやブラジルなどから大豆を大量に輸入。また、小麦・トウモロコシなども輸入に頼らざるを得なくなっている。かつては人口の80%が農業従事者だったが、今では工業化が進み、農業人口が激減するとともに農業従事者の高齢化も急速に進んでいる。そのため中国政府は2004年、農業を課税対象ではなく直接助成を導入。農業税の段階的廃止をはじめ、種子や機械類の購入助成を行い、農村インフラ整備のための支出を増やした。また、農業人口の減少や高齢化に対応した機械化農業を推進するために政府は、2011年に年間170億元(約2,000億円、1元=12円換算)の予算を機械化を促進するための助成に活用。収穫機やトラクターなどを購入する際には購入資金の30%が助成される。こうした制度の導入によって農業の機械化は加速しており、2012年はこの予算が200億元(2,400億円)に増額される予定という。また、トウモロコシのバイオマスへの応用禁止や遺伝子組み換えによる食糧生産の禁止など、食糧安全保障に積極的な対応を行っている。その一方で農業機械分野での世界の富国を目指し、農業機械産業の近代化にも積極的に取り組んでおり、1万社以上あるといわれるメーカーの再編を含め、国として食糧安保への立ち位置を鮮明にしている。
それに比べると自由化という命題を掲げ、国としての立場も法律改正という小手先で対応している日本の状況下においては、食糧安保という視点では先行きに大きな不安を抱いてしまう。日本という国をどんな国にしていこうとしているのか、ビジョンがないのが不安である。