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「優秀板金製品技能フェア」で金賞2回受賞
愛され親しまれるサイン・グラフィックデザインで建築物等景観のグレードアップに貢献

株式会社 品川アート・プロ



昨年100周年を迎えた上越市はスキー発祥の地
品川久美子 代表取締役社長品川久美子 代表取締役社長
1911年(明治44年)、当時のハンガリーのレルヒ大佐がここ、上越市において初めてスキー指導を行い、スポーツ、レクリェーションとして今日のスキー愛好家に大きな楽しみを与えた。以来、全国的にスキーブームが起こり、上越市を中心に100社くらいのスキーメーカーが軒を連ねていたという。1992年に「スキー発祥80周年」を記念して記念館が建築され、当時の貴重な資料やレルヒ大佐の遺品などが展示されている。
品川久美子社長は、「1970年頃に父は個人でスキー板にロゴなどを印刷するための製版の仕事を始めました。1974年にはスウェーデン製のスクリーン印刷機『スベチア』を導入しテープ印刷を手がけるようになりました。当時としては最先端の設備を導入していたんだと思います。デザインを考え、彩色してつくりあげていく。ほぼ手づくりに近かったと思いますが、父は好きなことが自分の仕事になっていったのではないかと思います。実用新案や特許などもいくつか取得し、絶えず探究心に燃えていたと思います」。
スキー板の歴史は古く、1940年代にはメタルスキー、1950年代にはグラスファイバーや合成樹脂が主流になった。現在では、芯は木を用いたものが多く、グラスファイバーやケブラー、メタルなどの素材を組み合わされてつくられている。それらの素材の上にサンディング→表面清掃→プライマ処理→シート加工(概略)とあり、社長の父親が始めたのがシート加工の部分。当時はシルク印刷などで、いろいろデザインされた模様や文字を組み合わせ、各社が特徴を出して販売していた。しかし、時を経てスポーツのトレンドも移り同社も創業当時から関わってきたスキー関連の事業も一部を残し、縮小していく。

1976年頃から建築・環境サイン分野へ参入
レーザマシンFO-2412NTにより、 早いスピードと仕上がりの美しさで大満足レーザマシンFO-2412NTにより、 早いスピードと仕上がりの美しさで大満足
「スキー板の技法を表示板への印刷へと転換する大きなきっかけとなったのが1976年の上越市庁舎のサイン工事。この工事を機に、業種を大きく拡大していきました。元々、父は指先が器用だったので、いろいろと独創的なサインやモニュメントなどを制作しました。納品先でも喜ばれ、それがいっそう励みとなって研鑽していったのだと思います。そんな技能・技術とセンスが、現在の礎を築いてくれたのだと思います。父が社長をしていた平成の良き時代には社員の数も70名くらいの規模だったと聞いております」。
1982年には東京にも営業拠点を設けた。...

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