〜視点〜

今、必要な“希望”という糧



前号に引き続き、原発事故にともなう電力不足と、製造業への影響について考えたい。
電力不足が明らかになって以降、大手企業の海外への生産移転がより鮮明になってきているのに加え、日本企業の海外進出を助長する環境づくりが海外で相次いでいる。ベトナムでは同国最大規模の民間企業グループ、サイゴン・インベスト(SGI)が工場の賃料割引を行い、住友商事は管理費免除などを提案し、東日本大震災で被災した中小企業のベトナムへの進出支援を始めた。さらに韓国政府は、震災や原発事故で操業停止に追い込まれた日本企業の工場を韓国に移転するよう促す案を日本政府に打診するなどの新聞報道も行われている。
もちろん、こうした施策に呼応して進出を決めたという企業の報道が出てきていないので、その実効性は未知数だ。しかし、設備や工場建屋の一部損壊まで含めれば、板金業界だけでも数百社という被災企業が出ており、事業再建を諦めざるを得ない企業も見受けられる。さらに、サプライチェーンが滞り、板金部材は完成してもケーブルやシールなどの板金以外の部材調達に支障をきたし、組立ができないために、板金製品の納品・出荷を止められたり生産調整を要請されたりするなど、直接・間接を含めれば、相当規模の影響が業界に現れている。
サプライチェーンの復旧・復興はかなり改善され、生産も震災前の9割程度まで戻ってはきているものの、原発の稼働停止や定期点検が終了した原発の再稼働の申請見合わせが相次ぎ、日本の消費電力量の30%をまかなう原発の2/3は運転を停止している。これにより電力供給不足の長期化が見込まれる一方、停止中の火力発電所を再稼働させることで発電コストは大幅に上昇し、電力料金の値上げは避けられない。エネルギーショックが日本の製造業にもたらす影響は計り知れない。
さらに震災復興予算を捻出するために、今年度実施が予定されていた法人税の5%削減も先送りになった。実効税率40%という世界でも群を抜く日本の法人税率。おまけに環太平洋地域の貿易自由化に欠かせないTPP(環太平洋経済連携協定)参加も、震災影響による復興対応で具体化が遅れており、FTA(自由貿易協定)EPA(経済連携協定)に積極的な韓国などとの国際競争力の差は歴然となっている。製造業を取り巻くファンダメンタルスが脆弱になれば、日本で事業を継続することよりも、これを機に将来性のある海外へ進出してやり直そうと考える企業が出てくることは十分考えられる。
トヨタ自動車の2010年度決算発表の記者会見で、CFO(最高財務責任者)である小沢副社長が「日本でモノづくりを続ける限界を感じている。国際的な競争でもドイツ車、韓国車はそれぞれの通貨安の恩恵を多いに享受している。韓国の産業とはFTA、TPPといった通商政策、税制でも差がつきつつある。いつまで日本でのモノづくりにこだわるのか、すでに1企業の努力の限界を超えているのではないか」と発言し、話題になっている。この危機感は多くの企業経営者の共通認識ではあるが、トヨタのCFOの発言という点で際立っており、日本でのモノづくりが深刻な状況に陥っているという認識を多くの国民が持たなければならない。
東日本大震災という第2次世界大戦の敗戦から66年目に迎えた試練に対して、「日本人の“ひたむきさ”があれば乗り越えることは可能」と発言している経営者は多い。しかし、今の日本人に国難に立ち向かうハングリー精神、国を想う気持ちは残っているのだろうか。少なくとも、この試練に立ち向かうために、日本の明日へ向けた“希望”という糧がほしいと切実に思う。