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提案型メーカーの心臓部は「IT力」
技術と地域をコリドー(回廊)で繋ぐ活動に参加

有限会社和気製作所


親からバトンタッチ
和気 利之社長和気 利之社長
「厳密に言えば私が3代目の社長になります。1966年に神奈川県川崎市で金属加工の仕事を両親が始め、私が大学生の時に父が病に臥し、『もう学業を続けるのは無理かもしれない』と暗澹たる思いをしていましたが、『あなたが後を継いでくれるのなら私が繋ぎをします』と母親に申し入れられ、卒業するまで母親や社員たちに頑張ってもらいました」とドラマチックないきさつを語る和気社長。
いきなりの地方移転の話に仰天
「突然、主力発注元が福島県に工場進出する話が舞い込んできました。当社の工場も手狭になっていたのでこれを機会に工場移転を考えるのも時代の流れ、と思うようになりました」。日本経済が円高不況からバブルに突入していく時期で、川崎市の工場の周りには大規模な高層マンションやアパートが建ち始め、急速に宅地化が進行。これ以上の工場拡張は望めない環境になっていた。現在、工場は福島県、本社は両親のルーツである川崎市に残している。
「大学では工学部に在籍し、所属したゼミではUNIXワークステーションをかなり自由に使わせてもらいました。卒業論文は有限要素法による磁性体の解析をテーマにし、会社を継ごうと決める前は、研究開発部門での仕事をしたいと考えていました」が、父親の早すぎる死により事情は大きく変わった。
EDI(電子取引)を武器に新天地へ臨む
設計からモデリング、製作した製品設計からモデリング、製作した製品
1987年、入社2年目で現在地に工場を建て、事業を展開していく。
「父である先代社長と仕事の接点がなかった事もあり、板金加工については勉強しなければならない事だらけ。見るに見かねた同業者の社長さんからアドバイスをいただいたり、社員と共にまず基本的な技術を磨きながら、なんとか軌道に乗せていきました」。初めての土地、社員も何人かが変わった中で社長の奮闘が始まった。しかし、コンピュータをアイテムに社長は独自のシステムを構築していく。...

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