〜視点〜

タイバーツの高騰で変わる?
タイの板金業界

 急な出張でタイヘ向かっている飛行機の中でこの原稿を書いている。出張の目的は昨年の今頃に取材したタイ国の板金事情の再取材。前回はジョブショップや日系企業の板金工場を取材したが今回はズバリ、タイに勃興している※ 1EMS 企業の板金工場取材。前回もEMS 企業を目指すタイ企業を取材しているが今回は日本、韓国、欧米の複数の企業からエアコンを始めとした家電製品から自動車部品などを受注、相手先ブランドで組立出荷までを行っている企業である。昨年の取材以降からタイ国では軍事クーデターが発生、当時外遊中だったタクシン前首相は帰国できないまま首相の座を追われ、現在は軍による暫定政府が実権を掌握している。しかし、もともと王政で国民から敬愛されている現プミポン国王が暫定政府を承認しているため、大きな政治空白は発生していない。その一方で日系、韓国、欧米の自動車メーカーが進出して自動車および自動車部品の生産が順調で経済成長が続いている。それを象徴するかのようにタイの株式市場は活況で株式バブルが叫ばれるほどである。こうした経済成長が背景となって為替市場でタイバーツは急激にドル高が進んできており、輸出競争力を懸念する声も聞かれ始めている。すでに人件費をはじめとした製造コストの上昇がこれからも続くと考え、同国からベトナム、インドなどに生産を分散する外資も出始めており、タイ経済にとってタイバーツ高騰は大きな課題となっている。そうした経済環境の中でタイに勃興してきた華僑系のEMS 企業は以前から生産拠点をタイ以外の中国、フィリピン、カンボジア、ベトナムに展開してきているが、ここへ来てそうした動きを加速するようになっている。
 これらの状況の中でタイの板金市場がどのような構造変化を起こし始めているかを探るのが今回の取材目的のひとつである。日系企業でもタイで調達していた板金部材をベトナムからの調達に切り替えた企業も出ている。また、タイに板金加工を含む生産工場を計画していた日系企業がタイバーツの高騰を理由に進出を見送り、インド進出を※ 2 フィジビリティースタディーしはじめたというニュースも聞かれるようになっている。こうした中でタイに約1 千社あるといわれる板金工場も生産コストの見直しを進める中、これまではあまり導入事例が少なかったセル、システムの導入を計画する動きが出始めている。タイの板金工場の人件費は日本の1/7 で、平均のワーカーの月給は30,000 円前後となっている。しかし、円に対しタイバーツが大きく上昇しているので人件費に関してはここ1 〜 2 年で日本の1/5 〜 1/3 にまで近づく可能性がある。そうした人件費の高騰を考えればタイでもセル、システムの導入が活発化するのは当然の流れである。多くの板金工場ではパンチング、ベンディングのワーカーに対して段取りを専門に行う人や材料、仕掛品を専門に搬送入する人など、職種別に何人ものワーカーが仕事を分業して働いている。人件費が安ければそれも当然だが、急激な人件費の上昇が続くようになれば省人化を考えた自動化、合理化も課題となってくる。タイの板金業界でシステム化が加速する可能性が出ている。すでに多くの工場には単体機のレベルではあるが日本、欧州で1 〜 3 年以内に発表された最新の板金機械の導入が進んでおり、後付でマニプレーター、材料棚、ロボットを導入すればセル、システムの構築は比較的簡単にできる工場がたくさんある。それだけタイの板金工場に日欧の最新板金加工設備が導入されるようになれば、日本の板金業界としては落ち着いていられる状況ではない。※ 3ボーダーレス化する競争がますます激化することになるからだ。その意味でも今回のタイ取材は重要だと考えている。9月号にその一端を報告する。

※1 受託生産
※2 計画を実行する前に、その実現の可能性をあらかじめ調査すること
※3 境界がない、国境を越えて