Interview

産官学連携には幅広い視野が不可欠

研究内容を適切に評価・管理する「プロジェクトマネージャー」の育成が重要

東海大学 理学部 物理学科 教授 山口 滋 氏

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画像:産官学連携には幅広い視野が不可欠山口滋氏

大学と企業との産学連携の必要性が叫ばれて久しいが、依然として両者の間には垣根が存在している。とりわけ中小企業にとって、大学は今でも敷居の高い存在となっている。

経営資源や技術に制約が多い中小企業が新しい事業分野や新製品開発などにチャレンジする場合、不足する部分を外部からいかに取り込むかは大きな課題である。特に大学や研究機関の最新の研究成果を取り込み、自社の経営資源や技術の強化をはかることは、きわめて有効な手段と考えられている。

政府は、きびしい国際競争と工業製品のコモディティー化に対応するために、大学や研究機関の研究成果を事業化に結びつけるための環境整備に力を注いでいる。その結果、多くの大学や研究機関が産官学連携を重要な目標として掲げ、連携への取り組みを強化してきた。しかし、研究費がほしい研究者と、研究成果がほしい企業の思惑が食いちがうことも多く、今でも中小企業の産官学連携の試みには数多くの障害と困難がある。

2017年まで東海大学で産官学連携センター長を務めた東海大学理学部物理学科の山口滋教授に、これからの産官学連携のあり方、進め方について話をうかがった。

「PDCAサイクル」の「PD」を大学で、「CA」を企業で学んだ

― 先生がレーザーの研究に進まれた経緯について教えてください。

山口滋教授(以下、姓のみ) 高校で文・理コースを選択する際、当初私は文系に進むつもりでした。数学が嫌いではなかったので経済学などを学びたいと考えていましたが、進路指導の先生から理系を勧められ、理系コースを選択。推薦入学で慶応大学理工学部に入学しました。

理工学部では電気・電子科を選択。レーザーを研究されていた藤岡知夫先生の研究室でお世話になりました。修士課程で2年間勉強しましたが、博士課程に進むことは考えずに、石川島播磨重工業㈱に入社しました。

私の場合は、「PDCAサイクル」で考えるなら、計画(P)して実験(D)するまでは大学院修士課程でたどり着けましたが、その後の実験結果をチェック(C)し、成果をまとめ応用を考える(A)ことは、企業に入社してから学びました。当時の上司は専門的な学問もよく学んでおられ、人間としてもいろいろなことを学ぶことができました。

企業では、高出力レーザーの開発をするべきではないかという気運が高まっていて、その一端に携わりました。

その後、レーザーの事業を拡げようとする動きが社内で出てきて、米国のライス大学に2年間、訪問研究員として留学するチャンスをいただきました。

画像:産官学連携には幅広い視野が不可欠実験中のレーザー装置について説明する山口教授

プロジェクト全体を仕切る「プロジェクトマネージャー」の育成が急務

― 日本と米国の研究環境には、どのようなちがいがあるのでしょうか。

山口 米国では、研究進展の評価を適切に行って大学での研究成果を広く情報発信する制度が整っていると考えられます。基礎研究の段階にあるものは、企業やさまざまな国の研究開発費が投入されます。私が留学したライス大学の研究室でも、防衛に関係した国の研究所の研究費が導入されていました。

日本では、国防に関連した機関の研究費を「軍事研究」とみなして反対する人も多いですが、基礎研究段階と評価されるものは国として共有財産で、どのような機関からの研究費用であろうとその基礎研究の成果を広く利用することが行われています。研究費が国防省に関係しているから兵器や装備品の研究であるといった短絡的な考えはなく、研究推進に抵抗を感じる研究者はいません。そのかわり、企業や国の研究開発費であろうと、契約を交わし、研究開発の目標を明確にして、知財を含めて研究そのものをしっかりマネジメントする必要があります。

そのため、プロジェクト全体を仕切る「プロジェクトマネージャー」の役割が重要です。時として、研究責任者はこのプロジェクトマネージャーとして動かなくてはなりません。ライス大学では、研究責任者と研究者が教員間で役割分担を適切に決め、外部機関との連携研究を行っていたと思います。

日本の場合、研究費が研究者のもとに入ると、それは「自分のもの」と考える研究者が多いように思います。だから、何に使おうが自分の裁量次第と考えちがいしてしまう。研究費を出す外部機関はスポンサーですから、研究者はスポンサーの意向や目的をはっきりさせ、知財の取り扱いに関しても明確にしておく必要があります。これは産官学連携の場合も同様です。

日本には、米国のように研究の目的やプロセス、研究費の使い方、知財の取り扱いについて熟知した「プロジェクトマネージャー」が多くはいません。科研費や委託研究費などを取り扱う大学でも、管理者が研究内容を熟知して進捗確認や評価をしていることはごく稀ではないでしょうか。

最近は、銀行などがスタートアップに対して貸し付けや出資を検討する際に、その企業が保有する技術についてしっかりと評価できる人材がいないので、大学に相談に来られます。銀行の担当者に「大学では何を研究されたでのすか」とお聞きすると、大半は学部卒業者で、修士課程や博士課程を修めた方はほとんどいません。研究の「PDCAサイクル」を考慮して、研究内容の評価や開発プロセスを慎重に吟味することが必要ですが、少々不安がある状況ではないでしょうか。少なくとも博士の肩書を持っているスタッフがその任に当たるべきです。開発マネジメントができる人材の育成が急務です。

画像:産官学連携には幅広い視野が不可欠東海大学では産官学連携を含むさまざまな研究に活用できる共同利用の設備が充実している。左:走査型プローブ顕微鏡WET-SPM(AFM)/右:電子線マイクロアナライザEPMA

プロフィール

山口 滋(やまぐち・しげる)
1981年に慶應義塾大学工学部を卒業。1983年に同大学大学院理工学研究科修士課程電気工学専攻を修了。同年4月には石川島播磨重工業㈱(現・㈱IHI)へ入社し、航空宇宙事業本部光プロジェクト部で高出力炭酸ガスレーザーの研究開発に従事。1989年には米国・ライス大学 量子工学研究所の訪問研究員となり、高出力エキシマレーザーの研究を行った。1991年に帰国してからは石川島播磨重工業に戻り6年間にわたってレーザー精密加工装置、計測機器の開発に従事。1993年に慶應義塾大学で博士(工学)を取得した。
1997年4月に石川島播磨重工業を課長職で退社し、東海大学理学部物理学科の助教授に就任。大学では慶応大学在学中からの恩師だった同大学物理学科の藤岡知夫教授の研究室で、レーザー計測・レーザー診断・微量物質検出の研究に従事した。2003年4月には東海大学理学部物理学科の教授に就任。2015年4月からの3年間は、同大学で産官学連携センター所長を兼務した。2018年からは国際交流を担当するユニバーシティビュローのゼネラルマネージャーを兼務している。

つづきは本誌2022年7月号でご購読下さい。

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